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よい親になるには

子育てのあり方は、親が何を正しいと考え、何を望ましい、大切だと感じるかに左右されることがよくあります。その中で、子どもの気持ちや必要としていること、能力やできることよりも、親自身の願いや期待が優先されてしまう場合があります。自分の育て方を理解する第一歩は、素朴ながら大切な問いに向き合うことです。子どものさまざまな面を受け入れ、その子らしさを表せるようにしているでしょうか。求めすぎたり、厳しく反応しすぎたり、必要以上に譲ったり、ルールを変えたりしているときに、自分で気づけているでしょうか。 こうした問いへの答えから、子どもとどのような関係を築いているのか、そして、子どもが本当に必要としていることに合わせて、どこまで育て方を見直そうとしているのかが見えてきます。

よい親になるには
この記事の目次

子育ての土台となる心のつながり

子どもが育つ家庭の雰囲気は、その発達に大きく影響します。中でも大切なのが、家族の関係の温かさ、受け入れられているという感覚、そして親子が互いに気持ちを伝え合うあり方です。 こうした心のつながりは、家庭の中で子どもがどう感じるかだけに関わるものではありません。人と人との関係をどう捉えるかも形づくります。幼少期の経験は、将来その子自身が親になったとき、わが子をどう育てるかにも影響する可能性があります。 ただし、親子関係の質が親の性格や行動だけで決まるわけではありません。子どもも、生まれたときからその関係に能動的に関わっています。子どもの気質や反応の仕方、一人ひとりが必要とすることも大人の行動に影響するため、親子の関係は子どもごとに異なる形で育っていきます。

同じ育て方がどの子にも合うとは限らない理由

2人以上の子どもを育てる親は、子どもによって育児の経験が大きく違うことに驚く場合がよくあります。一人は日々の暮らしで大きな困りごともなく育つ一方、もう一人には、はるかに多くの気配りや対応の工夫、根気が必要なこともあります。一人にはとてもうまくいった方法が、もう一人にはまったく通用せず、逆の反応を招くことさえあります。 こうした違いは珍しいものではありません。子どもはごく幼い頃から、さまざまな面で違いがあります。その中には、生まれ持った要素が大きく、育て方によって大幅には変わらないものもあります。気質、身体的な特徴、性別、健康状態、環境に適応する力などは、子どもの行動だけでなく、親の接し方にも影響する要因の一部です。 睡眠や授乳のリズムが比較的つかみやすく、普段から機嫌がよく健康で、日々のお世話にもなじみやすい赤ちゃんがいます。親も、その子が何を必要としているのかを把握しやすく、応えやすいでしょう。 一方で、よく泣き、機嫌を損ねやすく、授乳や睡眠に独自のリズムがあって、親が合わせるのに苦労する赤ちゃんもいます。行動の見通しが立ちにくく感じられ、生活のリズムを整えようとしても、いつも思いどおりにいくとは限りません。 そのような毎日は、母親にとって非常に消耗の大きいものになることがあります。疲労と緊張が続くうちに、落胆したり、自分の育児に自信が持てなくなったりすることもあります。さらに周囲の理解が得られず、とりわけ赤ちゃんが泣くことについてあれこれ言われると、親としてうまくできていないのではないかという疑いが強まる場合があります。 それでも、ある子に別の子より多くの気配りや根気が必要だからといって、それだけで親の育て方がよくないことにはなりません。子どもの行動を理解するうえで、一人ひとりの違いを踏まえることは大切です。

子どもに必要なのは完璧な親ではない

完璧な子育てに共通の正解はありませんし、子どもに必要なのは、一度も間違えない大人ではありません。 それよりも大切なのは、子どもを愛し、理解し、導きながら、まだ一人ではできない判断について責任を引き受ける親がそばにいることです。親は子どもを導き、行動の限度を示し、その子が健やかに過ごせるように配慮します。その中で、子どもは自分にできることから少しずつ責任を担うようになります。 親はそれぞれ、自分なりの人生観や育て方を持っていてよいのです。ただ、そこに忍耐と一貫性があることで、子どもが頼れる安定した関わりになります。 日々の関わりの中で親を信頼できるようになると、子どもは自分自身や自分の力にも自信を持ちやすくなります。こうした経験から、ほかの人への信頼も少しずつ育ちます。それが、将来、成熟した責任感のある人へと成長するための大切な土台となります。 原資料では、子どもが発達上の大きな困難なく育つことを、子育てがうまくいっているかを見る指標の一つに挙げています。ただし、そのような評価だけで、親子の関係そのものを理解したことにはなりません。

子どもを受け入れるとは、ありのままの姿を知ること

親の愛情は、日々のお世話をすることだけに表れるものではありません。自分の願いや期待に必ずしも合わない面も含めて、子どもを一人の独立した人として受け入れることにも表れます。 活発な子どもに、いつも静かで控えめでいるよう期待するのは無理があります。同じように、慎重で怖がりな子どもに、どんな場面でも人に積極的に関わり、すばやく、その場ですぐに反応するよう求めるべきではありません。 受け入れるとは、その子の生来の性質を尊重することです。あらかじめ思い描いた理想の子ども像に、絶えず合わせようとすることではありません。

子どもが親の愛情を感じられないとき

子どもの気持ちに関心を向けない態度には、冷たさや無関心から、子どもへのはっきりした嫌悪まで、さまざまな形があります。 親の愛情が得られないことは、子どもにとってつらいものです。大切なのは親が何を感じているかだけではなく、子どもがその愛情に気づき、実感できているかどうかです。 親が心から子どもを愛していても、仕事や心配事、そのほかの問題に追われて、十分に愛情を示せないことがあります。毎日必要なお世話をしていても、関心はほかの用事に向いたままかもしれません。 そのとき子どもは、親はそばにいても、心は遠くにあると感じることがあります。親が別のことを考えていると気づき、自分に起きたことや自分の気持ち、伝えたいことは、親が関心を持つほど大切ではないのだと受け取ってしまう場合があります。 親に本当に愛情があっても、このように心が通わないと感じることは、子どもにとって苦痛になり得ます。

親と離れて過ごすことと、拒まれたという感覚

子どもに不自由のない暮らしをさせようと懸命に努力する一方で、直接のお世話の大部分をほかの人に任せる親もいます。子どもが普段は世話をする人と過ごし、週末や長い休みには親戚の家で過ごす場合もあります。 家庭によっては、そうする差し迫った必要がなくても、子どもが何年もの間、祖父母のもとで暮らしていることがあります。 原資料は、生後数年間に親と長く離れて過ごすことに特に注意を促し、その後、心のつながりや信頼を築く難しさにつながる可能性を述べています。その説明では、以前の別離を拒絶と受け止めていた子どもは、親のもとに戻っても、自分に必要な関係を親と築くのが難しくなる場合があるとされています。 その際、子どもは親が自分に目を向けてくれないのは自分のせいだと思い始めることがあります。離れて暮らすに至った事情を理解する代わりに、自分は愛されるほどよい子でも、賢くも、素直でも、何かがよくできるわけでも、見た目がよいわけでもないのだと考えてしまう場合があります。 こうした思い込みは、自信や、自分の能力についての捉え方を損なう可能性があります。 不安を感じた子どもは、親の注意を引き、愛情を得る方法を探し始めることがあります。それが、激しいかんしゃく、攻撃的な行動、食事を拒むこと、話すのを拒むこととして現れる場合もあります。 原資料では、こうした試みでも望むような心のつながりが得られないと、反応がさらに強まり、激しい攻撃性に至ったり、反対に心を閉ざして社会的に孤立したりする可能性が述べられています。 これらを、親と離れて過ごすすべての子どもに必ず起きる結果と捉えるべきではありません。原資料に記されている、起こり得る経過であり、どこまで一般化できるかは専門的な検証が必要です。

わが子を受け入れるのが難しいのはなぜか

子どもを気持ちの面で受け入れられない理由は複雑なことがあり、親自身も、何が自分の行動に影響しているのか十分には気づいていない場合がよくあります。 考えられる理由の一つは、親自身の育ちにあります。自分も十分に受け入れられた経験がない親は、無意識のうちに、自分の親と同じ接し方を繰り返すことがあります。 自分の親に対する未解決の怒りや敵意が、わが子との関係に表れる場合もあります。また、自分で欠点だと感じている性質を子どもの中に見いだし、その性質に反感を抱くこともあります。 特に深刻なのが、子どもを通じてもう一方の親を傷つけようとする場合です。別居や離婚の際、大人同士の解決していない対立が子どもとの関係に影響し始め、このような行動につながることがあります。 これらに共通するのは、本来は大人自身の経験や感情、対立による心の負担を、子どもが引き受けてしまう可能性があるという点です。

一貫性のない子育て:親の気分でルールが変わるとき

親の反応にある程度の一貫性があると、子どもは行動の限度を理解しやすくなります。反対に、ルールがいつも変わると、不安や混乱が生まれることがあります。 日々の用事に追われているとき、疲れ切っているとき、時間や気持ちの余裕がないときには、特に子育ての一貫性が失われることがあります。 疲れがたまった母親が、普段なら気にしない行動に罰を与えたかと思うと、翌日にはそれまで禁止していたことを許してしまう場合があります。単に一息つきたい、邪魔されずに用事を済ませたいという理由で、要求に応じてしまうこともあります。 仕事のために子どもと過ごす時間が少ない父親にも、同じようなことが起こり得ます。一緒にいる間はもめたくないと思い、ほとんど何でも許しているうちに、子どもの行動にいらだち始めます。すると、ささいなきっかけでも、突然、厳しすぎる罰を与えてしまうことがあります。 同じことをしても、あるときは許され、あるときは罰を受ける理由を、子どもはなかなか理解できません。次第に、自分がルールを正しくわかっているという自信を失い、親がどう反応するかも見通せなくなっていきます。 こうした混乱には、恐れや、親の愛情は本当に変わらないのだろうかという疑いが伴うことがあります。原資料では、そのような感情から自分を守ろうとして、さまざまな行動上の問題や、「神経症的」と呼ばれる反応が子どもに現れる可能性が述べられています。

親も間違えてよい。ただし、認める責任がある

いつでも完全に一貫した対応ができる親はいません。ときには不公平になったり、判断を誤ったり、疲れに左右されて反応したりすることも、実際の家庭生活にはあります。 そうした場面を子どもがどう受け止めるかは、親が自分の間違いを認めようとする姿勢によって変わる可能性があります。 子どもは、親も間違えたり、対応に一貫性を欠いたりすることを理解できます。特に、親が自分の行動を子どものせいにせず、率直に責任を認めるときには、そうした理解が生まれやすくなります。 それによって、ときおり起きる間違いが、日々築いている信頼を損なわずに済む可能性が生まれます。

母親と父親でルールが違うとき

一貫性のなさは、一人の親の行動にだけ現れるものではありません。どう育てるかについて、母親と父親の意見が合わないことから生じる場合もあります。 子育てに対する考え方の違いそのものが、必ずしも一番の問題とは限りません。特に両親が互いの違いを認め、尊重していれば、子どもは二人の接し方がまったく同じでなくても、それに慣れていくことができます。 より大きな問題になり得るのは、育て方をめぐる意見の違いから生じる争いです。 一方の親が禁止したことを、もう一方がすぐに許せば、子どもがより寛容な親に頼むことが増えるのは自然なことです。ただし、それで寛容な親の立場がよくなるばかりとは限りません。原資料の説明では、子どもは二人の判断を頼れるものと感じられなくなり、両方の親への信頼を失うこともあるとされています。 ですから、両親の考え方が完全に一致している必要はありません。それより大切なのは、意見の違いが絶えない争いを生み、子どもを不安にさせる原因にならないことです。

無理な期待:子どもの人生が親の計画になるとき

子どもが自分の興味や能力を示す機会を得るよりずっと前から、その将来を思い描いている親もいます。 何をしても成功し、最もよい成績を収め、あらかじめ立てた計画どおりに成長することを期待します。その計画には、子どもが個々に必要とすることを考える余地が十分にありません。 こうした関係では、絶えず指示や助言を与え、要求を突きつけることがよくあります。子どもの反対は認められず、期待に応えられないと罰を受ける場合もあります。 食事や睡眠、遊びの時間から、何を着るか、誰と付き合うかまで、ほぼすべての予定を親が決めます。身の回りを整え、清潔にし、どんな指示にもためらわずに従うことが特に重視されます。 子どもに何より求められるのは、言うことを聞くことです。本人の希望や今できることは後回しにされがちで、親の描いたとおりにどれほど行動できるかによって、よくできたかどうかが判断されます。 こうした子どもは、とても早い時期から外国語や音楽、バレエなどの習い事を始めることもあります。ただし、活動の数そのものが、子どもの発達の質を決めるわけではありません。問題になるのは、求められることが子どもの負担できる範囲を超えたときです。

一番であることを求められ続けるとどうなるか

いつも高い成果を求められる子どもは、失敗するたびに、親をがっかりさせたと感じ始めることがあります。 期待が実際の力を超えていると、求められたことに応えられず、もどかしさが生じます。その経験から、自分は不十分だという感覚が生まれ、やがて罪悪感につながることもあります。 何でも完璧にこなすよう迫られると、試したり失敗したりしながら、新しいことを少しずつ身につけるという自然な学びの余地が乏しくなります。 原資料は、このような過大な要求に基づく親の計画は、実現しないことも多いと指摘しています。親が力を注ぎ、絶えず管理していても、子どもの将来があらかじめ思い描いた期待どおりになるとは限りません。

子どもを批判してばかりいる親

子どもが何をしても、ほとんど満足を示さない親がいます。 行動や成果に満足していても、認めると子どもが甘やかされて育ったり、努力をやめたりするのではないかと恐れ、褒めるのを控えます。 励ますよりも、小言や注意、批判の多い関係になります。子どもは、自分より賢い、よくできる、優れているとされる同年代の子と比べられ、ときにはからかわれたり、笑いものにされたりすることもあります。 欠点とされることを繰り返し突きつけられると、子どもの自信は次第に損なわれる可能性があります。 自分の力を信じられるようになる代わりに、自分の価値を疑い始めます。ほかの子に比べて能力が低く、うまくできないと感じることもあり、その感覚にはしばしば自分への不満が伴います。 努力やよくできたことを認めてもらう機会が少ないと、子ども自身も、批判的な目で自分を見つめ、評価するようになることがあります。

過保護:心配が子どもの自立を妨げ始めるとき

生まれてからの数か月、そして幼い数年間、子どもは大人に大きく頼って生きています。この時期、子どもを守り、助け、必要としていることに応えようとする親の姿勢は、お世話に欠かせないものです。 けれども、成長に伴って子どもにできることも変わっていきます。少しずつ、もっといろいろなことを自分で試したいと思うようになるため、親の手助けもその成長に合わせていく必要があります。 問題になるのは、簡単なことなら自分で取り組めるようになっているのに、親が何もできない子であるかのように接し続ける場合です。 自分で食べたい、靴を履きたい、物に手を伸ばして取りたいと思っても、親がそのたびに止めます。まだ小さい、やり方を知らない、転ぶかもしれない、汚れるかもしれないと注意し、代わりにやってしまいます。 こうした反応は、心からの心配によるものかもしれません。しかし同時に、子どもは自分の力を試す機会を失います。 自分でできるようになることを大人が繰り返し肩代わりすると、自立心は育ちにくくなります。親に頼りすぎたまま、自分の力に自信が持てず、新しい経験を怖がるようになる可能性があります。

成長を認めてもらえない子どもはどう反応するか

いつも見張られているように感じる子どもは、親の制限に強く抵抗するようになることがあります。 その抵抗が、家庭の中での怒り、過大な要求、言うことを聞かない態度として表れる場合もあります。一方、家の外では、同じ子がとてもおとなしく、従順で、おびえた様子を見せ、自信がないように見えることがあります。 こうした状況では、子どもは、母親がいつもそばにいて、少しでも危険を伴うことはさせてくれず、自分に実際には何ができるかにかかわらず、いつまでも小さな子ども扱いされていると感じることがあります。 原資料では、過保護によって、子どもが要求の多い、自分の必要としていることばかりを優先するようになる可能性も述べられています。友達をつくる難しさや、その後の人とのコミュニケーションの問題についても記されています。

親が過保護になるのはなぜか

子どもが親の人生で特別な位置を占める理由は、さまざまです。 子どもに健康上の問題や発達の障害があり、親の守りたいという気持ちが強まる場合があります。 子どもの誕生を長い間待ち望んでいた家庭もあります。それまでに、妊娠しにくい状況や不妊を経験していたり、妊娠の継続に特別な配慮が必要だったりする場合があります。 子どもが生まれる前から、深刻な夫婦の問題を抱えていた場合もあります。そのような状況では、母親は、これまでの苦労や失望、かなわなかった期待を経て、子どもの誕生を、それまでの日々が報われるような出来事として受け止めることがあります。 原資料では、こうした母親は責任感がとても強く、家族との結びつきが深く、母親として世話をしたいという気持ちが強いと描かれています。そこで描かれる家庭のあり方では、父親は意思決定への関わりが少なく、母親と子どもに対する発言力も弱いことが多いとされています。 その場合、過保護は、親の気持ちがとりわけ強く子どもに向けられていることと関係している可能性があります。

守ろうとするあまり、要求に応じすぎてしまうとき

手厚く守られて育つ子どもの中には、母親に反抗し、逆らい、多くの要求をするようになる子もいます。 母親が子どもの望みをかなえようとしたり、衝突を避けようとしたりして、ますます要求に応じる一方、子どもは日々の場面を自分の思いどおりに動かそうとすることがあります。 その一例として挙げられているのが、お店での行動です。何かを買ってほしいと要求し、かなわないと、激しく不満を訴えてかんしゃくを起こし、親の判断を変えようとします。 そのとき親がなすすべもない様子で、毎回要求を受け入れていると、子どもの要求はますます大きくなり、親は行動の限度を示すことがますます難しくなるという関係に陥る可能性があります。

厳しすぎる子育て:成長よりも従順さを優先するとき

厳しい育て方の背景には、子どもは口答えせず親に従い、親のルールに合わせるべきだという期待があることがよくあります。 そうすると、その年齢の子どもによく見られる行動まで、過度に制限してしまうことがあります。大声を上げる、跳びはねる、走る、物をたたいて音を出す、元気いっぱいに遊ぶといった行動は、大人にとっては疲れるものかもしれませんが、子どもにとっては自然な表現や遊びの一部です。 問題になるのは、親がこうした行動を、まず抑え込むべき反抗と捉える場合です。 厳しすぎる態度は、子どもの発達段階に合わない要求にも表れることがあります。 例えば、まだ手助けや声かけが必要な3歳の子どもに、玩具を完全に一人で片づけるよう求めることがあります。また、生来活発な子に、よその家ではじっと動かず、何にも触らず、物を散らかさず、どの瞬間も申し分なく礼儀正しくするよう求めることもあります。 こうした期待は、その子が発達上、実際にできることを超えている場合があります。

子どもを自分と同じように育てようとするとき

厳しくしすぎる傾向のある親は、子どもを自分とまったく同じような人に育てようと、大きな力を注ぐことがよくあります。 厳しくしつけることこそ、将来に向けた最善の準備になり、甘やかされて育つのを防げると信じて、自分の育て方を正当化する場合もあります。 子どもがとても活発だったり、十分に言うことを聞かなかったりすると、その行動を問題と考え、心理の専門家に助けを求める親もいます。 何をしてよく、何をしてはいけないかについて、罰を与えたり、長い説教を何度もしたりして、完全に従わせようとします。 しかし、子どもは発達の面で、そうした説明の多くをまだ理解できる段階にないことがよくあります。伝えたい内容を理解するどころか、混乱し、おびえてしまう場合があります。 外からの管理が過剰になると、自立心や、自分から行動を起こして判断する力の育ちを妨げる可能性があります。 同年代の子どもとの関係にも影響が見られることがあります。大人の前では非常に礼儀正しく従順に振る舞い、そのことでよく褒められ、ほかの子のお手本とされるかもしれません。一方、同年代の子どもの間では、対等な立場で一緒に遊んだり活動したりするのが難しく、受け入れてもらえないこともあります。

厳しく罰しても、自分で行動を調整する力が育つとは限らない

原資料では、厳しい罰、とりわけ体罰に、特に深刻な影響が関連づけられています。 家ではとてもおとなしく従順な子どもが、園や学校ではまったく違う行動を見せることがあります。同年代の子に対して乱暴で攻撃的になり、何としてでも優位に立とうとする場合があります。 このような行動の違いは、自分の内側から行動を調整する力が育っておらず、大人からの圧力に応じて振る舞っていることを示すものとして説明されています。 興味深いことに、この点では、厳しすぎる子育てと、要求に応じすぎる親のもとで生じ得る問題とに、共通するものがあるとされています。 親の接し方はほぼ正反対でも、どちらの場合も、子どもが自分で行動を調整する力を育てるのが難しくなる可能性があります。 厳しすぎる子育てでは、監督や制限が多い一方で、理解が足りません。子どもは外からの要求に合わせて行動しますが、自分の行動を自分で調整する力は十分に育ちません。

目立たない抵抗と身体に現れる反応

厳しい親に面と向かって逆らうのが怖い子どもは、目立たない方法で要求を避けるようになることがあります。 不注意に見えたり、指示が聞こえなかったかのように振る舞ったり、言われたことをよく忘れたりする場合があります。食べることを強いられると、親の管理を逃れるために食べ物を隠そうとすることもあります。 状況によっては、心の緊張が身体の不調として現れることもあります。 原資料は、こうした経験に関係する可能性のある心身症的な反応として、頭痛、腹痛、心臓の周辺の痛みを挙げています。 したがって、何かを身につけるのに時間がかかったり、同年代の子ほど成果が出なかったりしても、必ずしも知的な能力が低い、あるいは怠けているということではありません。 その難しさの背景には、ときに恐れや不安、自分の能力を信じられない気持ちが隠れていることがあります。

子どもの自信と成長を支えるには

子どもが何かを身につけるのに時間がかかるときや、期待に応えられないとき、さらにプレッシャーをかけることだけが対応ではありません。 何が妨げになっているのか、親のどのような支えが必要なのかを丁寧に考えるほうが、はるかに役立ちます。 原資料では、自尊感情と自立心、自分の力への自信を育てるための7つの指針を紹介しています。

1. 自分には価値があると感じられるよう支える

自尊感情は、自分には価値があり、自分の能力は信頼に値すると気づく経験を通じて育っていきます。 親が日々の関わりを通して子どもを大切に思っていると示すと、子どもは少しずつ自分を肯定的に捉えるようになります。 こうした自分への信頼は、新しい課題に進んで取り組み、まだできないことを身につけようとし、努力が必要な場面に向き合う助けになり得ます。 自分を肯定的に捉えている子どもは、新たに挑戦する勇気を持ちやすくなります。

2. 努力や前向きな試みを認める

間違いばかりに目を向けるのではなく、子どもがうまくやろうとしていることに気づくと役立ちます。 最後の結果がまだ期待どおりでなくても、努力やよい行い、興味やその子が好んで取り組むことは、励ましに値します。 同時に、子どもにどれほど多くの要求や役割を課しているかにも気を配る必要があります。 負担が大きすぎるとストレスが生じ、それがかえって課題をうまくこなすことを難しくする場合があります。 つまり、プレッシャーをかけ続けても、成果がよくなるとは限りません。ときには逆の結果になることもあります。

3. 手を貸しながら、自分で取り組む余地を残す

親の手助けには、適度な加減が必要です。 大人がいつも代わりにやってしまうと、子どもは自分の力への自信を得る機会が不足します。とはいえ、まだどう取り組めばよいかわからないことを、まったく一人で任せきりにしても役立ちません。 原資料が最もよいとするのは、最初に導くことと、その後は自分で取り組ませることのバランスを取る方法です。 親は、子どもが取りかかるのを手伝ったり、進め方を見せたり、必要な支えを与えたりできます。その後は、子どもが自分で続け、最後までやり遂げられるようにします。 そうすることで、手助けが子どもの努力に取って代わるのではなく、自立心を少しずつ育む支えになります。

4. 子どもが応えられる期待を持つ

親が子どもに期待を持つことにも子育ての中で役割がありますが、その期待は、子どもに実際にできることに合っていなければなりません。 基準がいつも自分の届く範囲より高いと、子どもは、いくら努力しても十分によい結果は出せないと感じるようになることがあります。 そのような経験は、自信を育てる助けにはなりません。 だからこそ、子どもが達成できることを求め、その成長に合わせて少しずつ難しさを増していくことが大切です。 そうすれば、子どもは親の期待に応えられないと感じ続けることなく、新しい課題を乗り越える機会を得られます。

5. 否定的な反応よりも、肯定的な反応をずっと多くする

原資料では、罰や否定的な反応1回に対して肯定的な反応を5回という割合を提案し、この5対1を特に効果的な組み合わせとしています。 肯定的な反応として挙げられているのは、褒めること、励ますこと、温かい笑顔です。否定的な反応には、叱責、批判、無関心、さらには顔をしかめることも含まれます。 この指針の中心にあるのは、不満を示されたり非難されたりするよりも、よい行動や努力を親に認めてもらう経験を、子どもがずっと多く持てるようにするという考えです。 この割合は原資料で示された考え方に基づくものであり、追加の検証なしに、普遍的に成り立つ科学的に確立された法則として紹介すべきではありません。

6. 批判する前に、よいところに目を向ける

子どもの取り組みや行動を評価するときは、まずうまくできたことに目を向けると役立ちます。 よい点がすぐに見つからなくても、丁寧に探す価値があります。そのうえで、独創的な発想や一風変わった取り組み方など、子どもの試みの中で興味深いところを取り上げることができます。 そのように見てから初めて、本当に直す必要のある点を伝えます。 その際の指摘は建設的なものとし、子どもが理解でき、改善できることに向ける必要があります。 原資料は、自分の接し方を振り返る簡単な方法も提案しています。数日間、子どもに向けた褒め言葉と否定的な反応を書き留めてみるというものです。 その後、両者の割合を見てみます。 提案されている目安では、否定的な反応1回に対する褒め言葉が5回未満なら、親は育て方の見直しを考えたほうがよいというサインとされています。 努力を認められるよりも批判されることのほうがいつも多いと、子どもは、親の期待には決して応えられないと思い始めることがあります。 こうした受け止め方は、自尊感情を弱め、不安を強める可能性があります。

7. 子どものすることすべてを褒めようとしない

肯定的な反応は大切ですが、褒めすぎることも難しさを生む場合があります。 何かをするたびに褒められると期待していると、それ以外の反応はすべて、うまくできなかったしるしだと受け止め始めることがあります。 ですから、親が子どもの一つひとつの行動をいつも評価し、よしあしを判断する必要はありません。 子どもにとっては、大人が本当に自分を見て、話を聞き、気にかけてくれていると感じられることのほうが大切な場合がよくあります。 例えば、子どもが絵を見せたとき、すぐに「とてもきれい」「完璧だね」と言う必要はありません。「家を青く塗ったんだね。上には雲を描いたんだね」と、気づいたことを伝えるだけでもよいのです。 絵の一部分について、何を描いたのか尋ねることもできます。 こうした反応は、子どもがつくったものへの関心を伝え、自分の作品について話す余地を与えます。試みの一つひとつを、成功か失敗かで評価する必要はありません。

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